「……ん」
ポポは目を覚ました。
あたりは暗く、月の光が差し込んでくる。
最初に視界に飛び込んできたものは、木造の天井。
今まで、何度か見たことがある。
そう、ここは―病院だ。
「…びょう…いん?」
ポポは丁寧にかけられた布団を乱暴にめくり、飛び起きた。と同時に、疲労感が襲ってくる。
特に翼が痛い。ココちゃん運んだ時に結構無理してたんだな……
「いてて…ココちゃんは……」
急にわいてきた不安に、あたりを見回す。すると、隣のベッドで寝ているココを見つけた。
苦しそうでもないが、決して安らかとは言えない顔で寝ている。
体中のあちこちに点滴が施されていて、チューブの邪魔になるためか布団がかけられていない。
ポポはココのベッドに近寄って、様子を見てみた。
暗くてよくわからないが、肌の色が青ざめているのがわかった。
「ココちゃん…」
まだ十年と少ししか生きていない少女が見るには、あまりに痛々しい光景だった。
むしろ、怖いぐらいの光景かもしれない。
ポポは、息を呑んだ。

どんなだろう。こんな見るのも嫌なものになってしまっている少女の気持ちは。
怖いのかな。
そりゃ、怖いに決まってる。
痛いのかな。
そりゃ、痛いに決まってる。
嫌なのかな。
そりゃ、嫌に決まってる。



…死にたい…のかな。






ココは、珍しい、とても重たい病気を抱えていたのだった。
普通に生活するのには害はないが、いつ発作が起こるのか解らない。
そして、時間が経つにつれて確実に体を蝕んでいくのだ。
ココの髪が白いのも、それが原因だった。


目の前で眠る少女は、小さく、それでも力強く生きようと呼吸している。
自分なら何も考えずとも、意識しなくとも呼吸するのだろう。
だがこの少女は、呼吸の一つ一つも意識していたに違いない。
自分は生きていると、確認するために。
「がんばって、ココちゃん。がんばって……」
ポポはしゃがみこんで、青ざめた小さな手を強く握った。
と少し遅れて、病室のドアが開く。
そこにいたのは、二人の母親のセフィアだった。
ポポとココは、年の同じ双子の妖精なのだ。
「ポポ、大丈夫なの?随分疲れていたみたいだけど…」
「私は大丈夫。それより…」
本当は翼が痛い。だが、今はそんなことどうでもいい。
「ココちゃん、大丈夫なのかな?」
ポポは、ココの翼にそっと触れる。冷たい。
セフィアはその問いに答えるべきかどうか悩んだ。
だが、いつかはわかってしまうこと。
それも、悲しみとなって思い知らされることだろう。
だからセフィアは、ポポの肩をそっとつかんで、真剣に目を合わせた。
ポポもセフィアの心境を無意識に悟ったのか、幼い顔には似合わない哀しい顔になる。
「よく聞いて、ポポ。ココは、もうすぐ死んじゃうかもしれないの」
「え……?」
「ココの病気は知っているでしょう?もうココには耐えられないぐらい、病気が悪くなってるの。
お医者様が点滴と魔法を使って下さって今は大丈夫だけど、もういつ死んでもおかしくないって……」
セフィアはまだ若いとはいえ、大人びた顔つきをしている。
その大人びた顔が、今はまるで喧嘩に負けた子供のようにぐしょぐしょに濡れていた。
ポポは、泣くこともできずにただ呆然としていた。
ココちゃんが…死んじゃう?
もう、すぐ死んじゃう?



居なくなっちゃう?




ポポにはわからなかった。
ココのいない世界がどんなものなのか、どんな感じなのか。
だが、それを考えるだけで、とても怖かった。
同じ時に生まれてから今まで、ポポはココのいない生活など考えたことがなかった。
死ぬまで一緒だと、無意識に決めつけていた。
だが、今はじめて考えた。
はじめて、想像した。
ココちゃんのいない世界。
わからない。
全然わからない。
だけど、感じる。


怖い―。



「いや…」
気づけば、肩を掴んでいたセフィアの手を振り払っていた。
何故かは判らないが。
「いやだよそんなの!こわいよぉっ……」
ポポはへたへたと座り込む。ついには大量の涙を流していた。
「わかって、ポポ。お母さんだって嫌なのよ。だけど…もうどうにもならないって…」
セフィアも泣き出してしまった。木造の床をに、涙が染み込んでゆく。
「いやだよ…いやだよぉ…」
「ポポ……」
二人は、泣き続けていた。
泣き続けることしか、できなかった。






 次へ